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解除しました!「勝手に自主規制」

また、選挙が終わりましたね。
毎度毎度、選挙が終わる度に少しくらい気持ちになります。
選挙前までの、身の回りの空気
あ、なんか変わるかも!の期待と予感。
フタを開けると、前回よりも、あれ?な結果。

いつも選挙前にわぁわぁ言って
でも選挙がおわるとしょんぼり…
なにかものを言うのがはばかられる気がして…
まず、やっぱり投票率の低さにはがっかり。
でも、選挙後にもの申すのって、なんかね…。
自分の支持していた人の結果が振るわないから嘆いているだけ
そう見られそうで…勝手に自主規制。

これだ!これだ!
勝手に自主規制!
これが社会を閉塞的にしていくんだ。
言ったらなんかまずいかも…みたいな空気が蔓延していて
本当はそこまででもないのに
空気を読んで自主規制しちゃう。
それで、結果にきちんと向かい合えず…
自分自身も言いたいこと言えずもやもやして。
きちんと結果に反応しよう。
良かったら喜ぶ。
ダメだったら、きちんと悔しがる。くぅ〜残念。

で、ここでこうして言うからには
僕のスタンスもあきらかにしとかないと。
でもね、違う方を応援していたからって
その人が言うこと、全否定…っていうのもね
そろそろやめにしたいんですよね。
ガキじゃないんですから。
いろんな意見、考え方があって、それが普通だし
人間、いろんな面を持ってて
一人の人間さえ、多様なんだから。

僕は知事は佐藤のりゆきさんを応援していました。
原発に対してはっきりとNO!と言ってくれたから。
でも、公約は具体性に掛けているなぁと思ったのも事実。
市長は秋元さんを支持。
上田さんの後を継いでくれそうだったし
市長なのに公約の中に原発のことを言っているのも
安心できました。
まぁ原発だけで決めるのではないですが
大事なポイントです。
道議、市議は支持した方が当選しました。
若い力に期待しました。
札幌の東区です。

と、スタンスを明かしたところで
この投票率、この結果。
はっきり言うと「危機感の二極化」を感じます。
現政権には「?」なところがたくさんあって…
でも、それを支持する人がいることも
逆に違う危機感から現政権を支持する人がいるのも知っています。
でも、これだけ現政権がいろんなことして
あぁこの結果なのかぁ…というのは
少なくとも僕の感じている危機感は選挙には反映されていないなぁ
と思うのです。

原発には反対の人が多い…というデータがあるのに
原発を推進する勢力が勝つ。
もちろん、争点は原発だけではないので
それを加味したとしても…
やっぱり選挙で声を上げない
投票しない…という結果に現れているのかな、と。

僕自身なにも活動していなかったので
嘆く資格もないのかも…なのですが
この投票率を上げない限りは…
「おいおい…いいのかぁ…」という想いは消えそうもありません。
危機感を感じていない、政治に無関心、選挙に期待していない…
という人たちに伝わる…
というかその人たちの声を聞く、想いを知る
そういうことが大切なんだろうな、と思ってます。

毎度文章が長くて、結局なに言いたいの?ですが
・無用な自主規制はやめようぜ!
・結果を受け止めて反応しようぜ!
・危機感が二極化してるんじゃない?
・投票率を上げたいな!
っていう4点です。

投票率低いのって、かっこ悪いと思うんだよね。

2015.4.13
Diary


自分がよければいいじゃん!って思ってた

政治とか環境とか周りのせいにして
ぐだぐだ言ってんじゃねぇよ!
文句言ってる暇あったら、クォリティの高い仕事しろよ!
政治になに望んでんだよ!
いい仕事してればしっかり稼げるじゃん!
…はい、すみません。
数年前まで、僕はこう思っていました。

僕の身近には、働きたいけれど働けない人
働けない環境の人もいたので
だからこそ、働ける僕たちは
自分たちの力で状況から変えていこうぜ!って。

今でも、基本そのスタンスは変わっていません。
いや、むしろ状況を作るということに関しては
以前より力を入れています。

でも、3.11で変わってしまった。
地方とか国とか、政治とか
大きな単位で取り組まなければ
解決できないことが起こった。
もちろん個人のできること、やるべきことも広がったけれど。

そして原発事故。
放射能…。
今まで身近にあった危険に全く気が付けずに
過ごしていた自分。
それを知らずのうちに黙認という許容をしていた自分。
放射能への違和感が電気への違和感になって
そうすると食の安全とか
今の経済とか、戦争とか
今まで、自分とその周りがよければいいじゃん!
って思って見えてなかったことが
たくさん見えてきた。

あぁこういう世界で暮らしていたのか!と。
資本主義経済は過渡期に来ていて
いろいろな矛盾やほころびが出てきている。
人間としてずっと成長はできるけれど
経済をずっと大きくしていくのは
受け手ともらい手がいるかぎり、どこかで破綻する。
それを無理に回し続けようとしているのが
いまの社会のひづみと思う。

経済という巨大な歯車を回すためには
原発も放射能も食の安全も武器も戦争も人の命も
どれも都合のいいパーツにすぎないから。

お金は強い。
でも絶対じゃない。
お金は、いろいろなものと価値を交換できる
優れたツールだ。
だけどいつの間にかお金のほうが偉くなっちまった。
お金は価値交換のツールとわかると
お金を払っている方が偉いとか
いっぱい持っている方がいいとか
は違うとわかるし
お金では買えないものがあることもわかる。

世の中はもうこの変化に気付いてきている。
積極的に具体的に行動を起こす人たち。
あれ、なんかおかしいぞ…と違和感を持つ人たち。
気付けずに、でも苦しむという形で関わっている人たち。
今の状態を壊したくなくて頑張る人たち。

冒頭で以前の僕が思っていたような
自分がしっかりしていれば、楽しければそれでいい!
っていうのは、今までは
その安全やある程度の自由があったから。
だから、自分がよければいい!
とか好きな絵だけ描いて暮らしたいって人ほど
周りの環境作らなくちゃ。
投票だけが政治への参加ではないけれど
直接的にものを申せる大切な機会。

明日は投票日。
僕は環境を作りに行きます。

2015.4.11
Diary