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知らない街 札幌

popura
書く前にお断りしておくと(読んで頂く前にかな?)
今日の文章は、いつにも増して、よりいっそうとりとめのない
あっちっへこっちへの文章になると思います。




その道路はなんか新しく見えた。
道路の上を橋が横切り、その向こうに線路が走る。
ちょっと立体的な交差点に
「あ、知らない街に来てしまったんだな」
14歳の僕はそう思った。

僕は14歳の頃、故郷・函館から札幌へとやってきた。
親戚のおじさんの車で札幌まで送ってもらう道中
まだ転校するってことが現実的に思えなくて薄暗い窓の外を見ていたけれど
その道路に差し掛かったとき、新しい街に来たことを実感した。
ワクワクとドキドキがないまぜになった場所。
僕の思い出の道路。思い出の橋。

その橋は北海道大学の南端の西側から伸びる陸橋で
その後、その道を通る度、いつも函館から来た時の感覚を思い出す。
今その道は、シェアしているMEET.への道となっている。
いつも上の橋を渡ってみたいと思いつつも
どこから橋が出ているのか、その両端が見えず、いつも不思議に思っていた。




今日は、2017年開催予定の札幌国際芸術祭(SIAF=サイアフ)の関連イベント
デザインミーティングがMEET.であった。
SIAFのデザインとはどうあるべきか?マークはどうあるべきか?
そもそもマークはいるのか?いらないのか?…
そんなこんなを考えるSIAFのデザインチームを率いる佐藤直樹さんによる
SIAFのデザインってなんだ?どう関わっていくんだ?
をみんなで一緒に考えていこう、というミーティングの第一回目。

これは、今日だけで「じゃあこうしましょう!」と決まるものでもなく
こう考えてるけれど、どうかな?札幌の人はどう思うの?
というような問いかけでもあり
聞いていた僕はうっすらと混乱していたのでした。

まるで、自分の仕事でデザインを考えるときのように
情報をインプットして、目的を考えて、仮説を立てて…という
通常なら自分一人の頭の中か、多くても数人で行なわれるものが
公開イベントとして考えられている。
自分の脳の中を自分がみているようで、不思議な感覚。

ミーティング後自転車で帰ろうと、思い出の道路に差し掛かると
上の橋を歩く親子の姿。
「あ、やっぱり渡っていいんだ」
ひょっとすると私有地の中の橋で、関係者以外通れない…
そんな特殊な橋かとも思っていたくらい
人が渡るのを見たことがなかったから。
橋の入口はどこだろう。橋の端を探してみよう。

意外にも橋の端はすぐに見つかったものの
そこに行くのにフェンスが遮っていて、たどりつけない。
ようやく見つけたフェンスの切れ目は入っていいのか、微妙な感じ。
中に入ると、なぜか人気を感じない団地の前を通り
裏庭の畑の横を通り、一人だけすれ違った人が
僕を「部外者」とみつめるようで
やっぱり渡ってはいけないんだろうか?とドキドキしながらも
たどりついた橋の入口。
自転車で渡るその橋はあっけなく
でも20数年前の自分が見上げた風景を見下ろすのは
なにか感慨を感じるものがあった。

橋を渡り切ると、北海道大学の敷地内で
少し走るとポプラ並木があって。
はじめて間近で見る北海道の有名なビジュアルは
季節的にしっかりと枯れていて。

札幌に来たときから、ずっと思い出になっていた、
でもすぐに忘れるくらいにうっすらとだけ気にしていた
そんな橋を通れたのは、小さい小さい冒険で
僕の知らない札幌に少し目が潤んだのは
きっと寒かったからだと思う。




先日、すすきのを流れる鴨々川のほとりにある
古民家ギャラリー鴨々堂に
縁あってスタッフとして加わることになった。
常駐するわけではないけれど
イベントのお手伝いや、僕もイベントを企画したりして
女将やスタッフ仲間とともに盛り上げていきたい場所。

何度かミーティングに参加して
いろいろなものが動き決まっていくのは、見ていておもしろい。
そこで交わされる会話、出て来る言葉が新鮮なもの
知らないものばかりで…
そこでも、僕は知らない札幌に出会う。

少し、心の中にスペースができてたんだと思う。
その上SIAFのミーティングで脳が少しおかしな働きをしたものだから
渡れなかった橋を渡ってしまったのだ。
そして、いま、知らない札幌がどんどん僕に流れ込んでくる。




函館から出てきたその日に見上げた橋。
その橋を渡った今年。
函館で表現する機会を頂いていて、なにかを越えれそうな
そんな淡い期待を胸に抱いている。

2016.4.26
Diary


うまれるまえ

人は言い表せない事態に直面したときに
それをどうにか表現したいと思うのでしょうか

絵を描いたり
曲をつくったり
詩を詠んだり

いろいろなものが誕生しそうです

2016.4.20
Diary