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交通おじさん

毎朝、こどもと小学校まで歩く。
細い道なのに車通りの多い交差点、そこに立っているのが交通おじさんだ。

実際にはおじいさんぐらいの年齢だろうけれど
ピッと伸びた背筋、がっしりした体、身長も僕より高いだろう。
凛としていて、交通おじいさんより、やっぱり交通おじさんと呼びたい。
毎朝、安心ユニフォーム(警備員の制服だろうか…)をビシッと着こなし、ヘルメットも着用。青信号になると「フピッ」と笛を吹いてくれる。「ピッ」じゃなく「フピッ」。きっと大きな音ではうるさいから、やさしく吹いているんだと思う。

毎朝「おはようございます」とあいさつをする。おじさんは笛をくわえてるので、もごもごとと返してくれる。おじさんの横で信号を待つこともあるし。赤信号だったら、横断歩道を渡らずに歩道を曲がってしまうこともある。曲がった時はなぜか、おじさんに対してちょっと申し訳ない気持ちにもなる。おじさんの守っている信号を待たなかったことを。

でも、ただそれだけ。でも、それが毎日。おじさんは安心ユニフォームとヘルメットでビシッと立っている。その上にカッパを羽織るような日も、ベンチウォーマーでユニフォームが見えない日も。たまーにおじさんがいない日はこどもと「交通おじさんいないね」って言いながら歩く。ちょっと心配になる。そしてすぐに忘れる。次の日いると、少しほっとする。

誰かが見ていることで、なまけずに動ける人がいる。誰も見ていないとさぼったり、ずるしようとする人がいる。僕がそうだからわかる。だから、交通おじさんが、交通量の多い交差点に立っていてくれるのが、とても心強い。安心できる。おじさんの横を通り過ぎる時、心の中で「ありがとう」って言う。でも、いつか直接伝えてみたいな…ってこの文章を書いていて思った。
いつも立っていてくれてありがとう。

人は、ただ通り過ぎるだけの人にも感謝されるってこと
あるんだな、と思う。

2014.12.1
Diary


コンペお断りします

先日コンペのお話をお断りしました。
クライアントとの間に代理店さんが入っていたお仕事だったのですが
年に一度、数年間担当させていただいたお仕事。
今年からデザインコンペにしたい、とのことでお断りさせていただきました。

僕は独立以降、コンペのお話はお断りしてます。
それには4つの理由があります。

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理由のひとつめは、こちらのこと。

お客さんが、いろいろな提案から考えたいのは、もちろんわかります。
ただ、その提案をするために、僕たちが動いていることも知っていてほしい。
その案を考え作るために、今までの経験を動員して、新しい調査をして、
時間を費やしてかたちにしていきます。
それを無償で提供することは、僕の首が絞まるだけではなく
デザインやデザイナーの価値を落とすことにつながります。

よく勘違いされていることのひとつに、僕たちの作業時間があります。
Macに向って作業するのはデザイン工程のほぼ最終段階で
その前にヒアリングをしたり、資料を集めたり、打ち合わせをしたり、
アイディアを考えたり、レイアウトを考えたり…
いろいろな工程を経ていきます。
料理と一緒で、キッチンで調理するのは最終段階で、
そのまえに食材を仕入れたり、レシピを考えたりしています。

それらの工程を無償でのご提供は、できないのです。

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ふたつめは、お客さんのために。

コンペは、独自のルールを持ったゲームに近いです。
もし、本気でコンペを取ろうとしたら、いろいろな手段が使えてしまいます。
(政治的な裏ルートは置いといて、純粋な制作物でお話しするだけでも)
そのコンペで求められる本当の目的に即したものは
一番効果が期待できるものは
コンペというゲームの中では弱いことがあります。
見栄えがしないのです。

ある病気の患者さんのためには、塩分を抑えた食事の方がいいのに
それではおしくないから、味を濃くしておいしくしちゃうような
必要以上に豪華に盛りつけて、いかにもおいしく見せちゃうような…
そんな、本来の目的からはずれたところで、判断されることもあります。
そして、そのふたつの料理を並べて出されると
どちらが本当に身体のためにいいのか…判断するのは難しいのです。

そうなると、僕らはプロなので
コンペ用のものを作ることができるのです。
最終的に届けたい人の心に届くものではなく
コンペの勝ち負けを決める人が、「いいね!」って言っちゃうものを
作ることもできるのです。
それって、お客さんのためになるでしょうか。
コンペは、本来の目的の前に「コンペに勝つ」という
邪道な目的が発生してしまいます。

もちろんコンペにも勝ち、最終的に届けたい人にも届く
強いものやバランスのいいものが生まれることもありますが…
でも、それってコンペじゃなくてもできます。

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みっつめは仕事の効果を考えて

毎年コンペをしているものってありますよね。
目新しさだけを追求するなら、間違ってはいないかもしれませんが
効果は上がらないでしょう。
僕たちデザイナーの能力のひとつに
「精度を高めていく」というものがあります。
「なにかを作れる」のと同じくらい大切な能力です。
続けて作ることで、一度目の結果からブラッシュアップしていけるんです。
効果的なものはより効果的に。
期待していた効果が発揮できなかったものは、改善をして。
作るたびに精度を上げていきます。
毎年コンペをするのは、その経験を放棄して精度を下げていくようなものです。

だから、コンペというのはお客さんのためにならないと考えています。
コンペのテーブルに並んだ僕たちの目は
お客さんの望みをかなえたい!と思っているのか
お仕事(お金)がほしい!と訴えているのか
どちらなのでしょう。

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最後はお互いのために。

僕たちデザイナーは、目的に合わせてコンセプトを設定します。
コンセプトによってアプローチや表現は様々に変化します。
チカラのあるデザイナーは様々な表現ができます。

もし、いろいろな案を見たいのなら
愛のない10人を集めるより、信頼できるデザイナーにお願いをするべきです。
もし、予算に制限があるのなら
信頼できるデザイナーに相談してみてはいかがでしょうか。
きっと予算内でできる方法や、予算を抑えた別の提案をしてくれるでしょう。
もちろん、その予算で出来ないことは、きっちり出来ないとも言われるでしょう。

コンペでパートナー候補をたくさん並べることはできるのかもしれません。
でも、それでお互い愛情を持って仕事できるのでしょうか。
愛のない仕事って、悲しくないですか。
そして、愛のない仕事で出来上がったものはやっぱり弱いのです。
きれいに作られてるようで、中身がすかすかのものが出来てしまいます。

お互いが信頼関係を築き
お客さんとデザイナーが信頼という愛情でつながったとき
大きなパワーを発揮できます。
ぜひ、信頼できるデザイナーを見つけていただきたいです。

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もちろん、コンペという状況に置いても
真摯にお客さんと向き合い
素晴らしい提案をするデザイナーもいます。
でも、だからこそ、そんなデザイナーとは
もっとじっくりと話し合ってほしいのです。
もっともっとブラッシュアップしていけるはずです。

僕はわりと血の気が多くて
勝ち負けも嫌いじゃなく
コンペは、はじまってしまうと一種の高揚感もあって
ゲームとしては、楽しくも感じてしまいます。

でも、そんな形になるかどうかわからない
博打的なものに、大きなパワーや時間は割けません。
その限られたリソースを僕は、
僕を指名してくれる方のために使いたいのです。

金額の多寡というより
そこに信頼関係があるのか。
ということなのだと思います。

2014.11.29
Diary